今日の釜石は少し雪交じりの雨が降っています。
22日は16.2℃、23日は15.5℃と、この連休中は暖かい日が続いていましたが、今日は冬に逆戻りしたような4℃ほどになる釜石です。
あれよあれよという間に2月も間もなく終わりますが、このところ昨年撮った1年間分の画像処理に明け暮れていました。
それらもようやく終わり、確定申告も済ませ、雪が降れば忙しくなりますが、今は落ち着いた日を過ごしています。
いつも今頃になると学生時代の事を思い出します。
当時姉が東京にいたので、大学受験は姉の家に寝泊まりして向かいました。
兄は川崎にいたので、合格が決まるとアパートを探してもらい、家賃の安い川崎で独り暮らしして東京まで通いました。
南武線から京浜東北線に乗り換え、新橋からは地下鉄銀座線と東西線で九段下まで。
大学は神田にあったので書店街はよく行きましたが、百貨店が好きだったので、日本橋、銀座、有楽町などはよく途中下車して何度もぶらつきました。
地方の物産展がよく行われていたので、観光パンフレットをもらい載っている市街地写真をよくスクラップもしていました。
釜石の市街地写真は今でも好きでよく撮りますが、地方都市に興味もあり市街地写真も好きです。
私が学生時代だった昭和40年代後半は世の中も明るく元気で、春・夏・秋と化粧品のCMソング全盛でヒット曲も多く生まれていました。
私が高校3年の春は、資生堂の「オレンジ村から春へ」、カネボウの「ギンザ・レッド・ウィウィ」がよく流れていたのを今でも覚えていて、時々聴いては当時を思い出しています。
その後は小林麻美が出た「マイピュアレディ」や「春の予感」などもいい曲で、春の思い出の曲です。
私が暮らした川崎の駅前には地元百貨店の「さいか屋」がありました。(2012年撮影)
今は解体されて無くなりましたが、初めて川崎に行った時は大きな巨体デパートでびっくりしました。
今では川崎の様な大都市でも百貨店が無くなるので、地方都市ならなおさらですね。
釜石では及新や丸光、カワミの他にミカドや東殖などのデパートに準ずる店舗もありました。
花巻のマルカン、水沢のマルサン、一関の千葉久なども街を代表する百貨店でした。
駅前の風景も好きだったので新宿駅西口や池袋駅東口、横浜駅西口などの大きなターミナル駅もよく行ったものです。
私が行った時の川崎は京浜工業地帯の中核で工場も多く、労働者の街でした。
川崎は東京にも隣接しているので、今ではきれいなビルや高層マンションも次々建ち、近代的な都市に変貌しました。
私が暮らした頃の川崎は、工場の壁が釜石に似ている所もあり、親近感を感じた街でした。
いつも今頃はそんな事を思い出しています。




















































