9月になりました。
今日の釜石は雨降り上がりの曇りです。
釜石は8月下旬になっても曇りや雨の日が続き、何日か晴れの日はありましたが気温も低めで、夏を感じさせるような日が少ないまま8月が終わってしまったのは残念でした。
それにしても今年は、全国で次から次へと災害が発生した夏でした。
熊本地震に始まって、千葉や北陸の豪雨災害などで、被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。
このところ天気予報が当たらず、曇りの予報が朝から晴れ渡った24日は、遠くに行って曇られるより近場でという思いで、新しい釜石市庁舎を撮りに行ってきました。
そして翌日も晴れた25日は、夏の写真を撮ろうと、遠野までヒマワリを撮りに行ってきました。
今年の釜石の夏は曇りや雨が多く、お盆や花火大会も雨となって、私的には残念な夏になりました。
ただ、いつも届く「広報かまいし」の人口欄は必ず見ていますが、7月は何と7人の人口増加で世帯数も26増える嬉しい事が起こりました。
一時的とはいえここ3年間を見ても人口が増えた月は1度もなく減る一方だったので、久しぶりに元気の出る明るいニュースとなりました。
また最近は大型出店がしばらくなかった釜石ですが、イオンタウン釜石にニトリが出店してくれました。
家具店が無くなっていた釜石に、大型家具店のニトリが出店してくれた事に感謝です。
釜石に多くの人が来てもらいたいものです。
8/24の天気予報は丸1日曇りの予報だった釜石は、朝から晴れの夏空となりました。
予期せぬ晴れに、完成した釜石市庁舎を撮りに避難道路の山登りをしてきました。
写真は避難道路の山の中から撮った夏の釜石市街地です。
ここ数年は建物の変化はありません。
この日の最高気温は今季最高の35.1℃でした。
避難道路の山を登り、山の斜面から完成した釜石市庁舎(右
)と天神町・大只越周辺の町並みを。
中央のレンガ色の建物は天神復興住宅で、左右に走る道路は鳥谷坂(とやざか)トンネルまで続く国道45号です。
天神復興住宅の所はわが母校の釜石一中の校舎があった場所で、坂だったので校舎南側は5階建て、北側は4階建てのような造りでした。
昇降口は北側の2階にあって、廊下も2階だけにあり、各教室の移動は2階まで下がっての階段の上り下りをして行く変わった造りでした。
市民サービスの向上と快適な職場空間、防災拠点としての機能が叶えられそうです。
引っ越しが大変そうですが、9/24開庁です。
右側に小さく見える店舗跡は柏木商店で、私が一中時代に初めてこっぺパンに生クリームというものを塗ってもらって食べた思い出の店です。
当時はクリスマスケーキでさえバタークリームがほとんどだった時代で、あの生クリームの甘くてなめらかな味は忘れられません。
昭和47年頃の感激した思い出です。
パンは大町の我が家隣にあった鈴木パンから仕入れたものを売っていましたが、鈴木パンでは当時生クリームのパンは売っていませんでした。
8/25も晴れたので、夏の写真を撮りに遠野のヒマワリ畑へ行ってきました。
釜石自動車道を釜石に帰る時に見えていたヒマワリ畑ですが、いつも慌てて帰るので撮れずにいました。
上郷町細越の日出神社に上がって行く道の近くにあります。
向こうにもヒマワリ畑があって、撮り鉄の人たちは列車と一緒に撮っていたようです。
ここの畑は小ぶりなヒマワリが中心です。
この日は晴れたり雲が多くて翳ったりと。
1本だけ飛びぬけたヒマワリをやわらかな光の中で。
翳った時に明るめに撮影です。
多くのヒマワリを背景にして。
少し周りと重なってしまいましたが・・・。
ヒマワリも終盤なので、傷んでいない容姿のいい花を探すのも一苦労です。
ヒマワリは私のいちばん好きな花です。
夏の代名詞的花でもあり、タチアオイとともに遠い昔を思い出させてくれる花でもあります。
虫が大好きだった子供の頃、虫がたくさんとれる夏はあこがれの季節でもありました。
夏休み、虫捕り、トンボ、カブト・クワガタ、大渡川、胆沢小山、虫にまつわる懐かしい思い出がいっぱいです。
夏の青空と白雲をバックに右向きに。
夏の青空と白雲の方を向けて左向きに。
水色、白、黄色も私の好きな色です。
夏の曲はテンポも良く、「恋する夏の日」、「恋と海とTシャツと」、「避暑地の恋」、「時間よ止まれ」などなど、洋楽では「夏の日の恋」、「思い出の夏」、「さらば夏の日」などいろいろありますね。
8/25は前日よりも高い今季最高の36.1℃もあった釜石ですが、夏もあっという間に終わった感じの釜石です。




















































